2.27.2008

韓国日記 パート2 ~韓国のダンス社会のすごさ~

さて今日は、「韓国のダンス社会」についての考察、今回の旅行から学んだことを書きたいと思います。

昨日の日記でも触れましたが、韓国国内でのダンスの認知度が他の国に比べてすごく高いという事を書きました。テレビを始めとするメディアへの露出、公演やイベントへの出演、アーティストのコンサートやライブへの出演など様々な所でダンサーやビーボーイを見かけます。

他の国と比べ何が違うのかと言うと、メジャーなシーンでの活躍がすごいです。また、そこまで活躍できるほど社会的地位が高いと言う事です。
(ここでは、どのシーンで活躍したいかの好みは別の話しとします。。)

日本では、アンダーグラウンド~ミドルグラウンドが主な活動の場、メジャーな世界で活躍しているのは、ほんの一握りです。
台湾しかり、他のアジア諸国、オーストラリアなんかでは、メジャーな世界はあまり発展していません。ダンス人口も他と比べ全然少ないですね。
アメリカは世界の先端を走るだけあり、また、国の人口の多さも比例し、巨大なシーンを持っています。が、ここは例外としましょう。

基本的に、ダンスなど若いエンターテイメントの世界では、アンダーグラウンドのシーンが発展し、メジャーなシーンへと成長します。両世界では、別々の活動の場があります。アンダーグラウンドのシーンが発展してるからメジャーなシーンが発展しているとは限りません。メジャーな世界というのは、プロとしての世界でもあり、社会的に認められたビジネスの世界のことを指します。全てのエンターテイメントに対してではないですが、ミドルグラウンドとして新しい中間層のビジネスの世界も発展しています。

日本でダンスのアンダーグラウンドのシーンの始まりは約40年前ぐらいでしょうか。メジャーなシーンが出来たのは約10年ちょっとと言ったところでしょうか(自分なりの推測ですが・・)。韓国のダンス社会のこの急激なメジャーの発展は、2002年からだとも言われています。なぜここ5年ほどの時間でそこまでメジャーになれたのか。

この答えに対しては、「韓国の国柄」、それと関係する「ビーボーイの強さ」、そのための「確固たる意志」が絡んでいるように思えます。

まず、最初に理解しておかなければならないのは、韓国の国柄、儒教国家であるということ。
儒教の観念では、親の言う事が絶対であり、家族は親を筆頭にピラミッド式の関係が出来上がります。社会でも同じように年配者やリーダーを筆頭にピラミッドが形成されています。そうした先輩後輩、縦の関係がすごく大事にすることが一般的とされます。
また、韓国での一般の親は、教育にすごく力を入れます。子供は英才教育を施され常に勉強を強いられます。親は子供がいい大学に入っていい仕事に就ける事を最優先とします。

韓国最大手のプロダクション、SMエンターテイメントのジョンアさん曰く、「韓国のビーボーイがなぜそんなに強いのか?」という質問の答えは、「それだけ一生懸命努力しているから」だそうです。一番シンプルな答えであり、やっぱり、といった感じです。

韓国でビーボーイをやること、ダンスをやること、それを続けることは親の意思に背く事になりかねます。それだけ命掛けでやらなければならない、という事です。親から勘当されたり、誰からも援助されなくなる状況の中で、好きなダンスを続け生きていくことがどれだけ大変か。何年も練習をして人に認めてもらえるレベルになるまですごく過酷な環境の中で経験を積んでいかなければなりません。現在でこそ、ビーボーイの社会というものが確立し、メジャーへの道、生きていく道が見えているからこそ昔ほどは風当たりが弱まったかもしれませんが、その前の時代、まだお金にならない時代を経験してきたファースト・ジェネレーションのビーボーイたちは本当にすごい、という事を言われていました。

やはり、韓国でも最初に切り開いて行った人たちというのは尊敬される存在の人たちです。
ビーボーイのみならず、ポッパーやヒップホップダンサーたちにしても同じ事が言えます。

そこまでの意思を持っているからこそ、毎日練習を8時間とかこなせるんですね。8時間と言えば普通の仕事並、というか最初から仕事にするためにそれだけやる事が普通な感覚だったのかもしれません。

韓国のダンサーたちも他の国のダンサー同様、ビデオを見て、研究をして、自分たちで努力して成り上がって行った、という事です。2002年のバトル・オブ・ザ・イヤーというビーボーイの世界大会で韓国チームが初優勝してからというもの、韓国は常に世界のトップに顔を出しています。その人口も増え続け、今ではすごく大きなピラミッドが幾つも出来上がり、分厚い層で構成されるまでになっています。現在でも変わらぬ儒教国家の中での活躍は、先輩ビーボーイ、ダンサーたちの教えが下まで伝わっているからでしょう。

また、もう一つのメジャーでの成功の要素には、プロダクションという存在が大きなものに感じます。
プロという世界で活動をするには、個人での契約よりも法人に対しての契約が優先されます。会社として、団体として活動することが社会に対しての信用にもなるからです。その分、ダンサーやビーボーイたちはプロ意識を持って仕事として活動をしなければなりません。

韓国のダンサー、ビーボーイは鼻が高い、という意見も聞くことがありますが、今を創っている、切り開いてるダンサーたちはある程度そうなっても仕方がないのでは、とも思います。それだけ、自負しているという事ですから。

また別の言い方をすれば、趣味でダンスをしている人たちよりも、プロを目指してダンスをしている人の方が多いようにも見えました。

プロダクションが所持するダンススタジオ、というのが幾つもあります。プロダクションが抱えるアーティスト、ダンサー、ビーボーイたち専用に持っているスタジオです。今回、DJ Schedule 1という個人で「Entrap」というレーベルを持つプロデューサーに会い、彼が契約しているプロダクション「Master Plan」が所持している音楽&ダンススタジオ「The Park」を見学させてもらいました。ダンススタジオの他に、レコーディング・スタジオ、リハーサルルーム、インターネットルームなど、アーティストたちに必要な設備が全て整っています。プロダクションに契約しているビーボーイたちはそこで毎日何時間も練習に励むわけです。シンガーとダンサーたちはそこで毎日リハーサルを繰り返し、バンドもそこで練習からレコーディングまでやれるわけです。

韓国ではプロダクションが多数存在しており、ピラミッドを形成し、そのほとんどがそういった施設を持っています。ビーボーイやダンサーという存在がしっかり認められ活躍しています。

公演などを開催するプロダクションは、また別の存在になります。ナイトクラブなどを運営する会社も別です。

各プロダクションや会社が関係を持ち、繋がって一緒に仕事をするようになれば、街の中では至る所でエンターテイメントが起こるわけです。

今回は、一つの公演を見る機会も頂きました。ワールドカップサッカーの韓国のオープニングイベントで水を弾きながらドラムを叩いてたドラマーの方(すみません、名前を忘れました)が主宰するイベントプロダクションの「アリラン・パーティ」という公演です。定期公演であり、内容はあまり変わらず、会場や出演者を少し変えたりして1回の公演で約1カ月半、数年間開催している公演です。

公演の内容はというと、武舞(格闘技を使ったパフォーマンス)、ドラム、タップ、韓国舞踊、ビーボーイによる90分のパフォーマンス。喋りあり、笑いあり、お客さん参加型パフォーマンスあり、息も付かせぬパフォーマンスの連続です。会場は150人席ほどの小ささで、お客さんの目の前で様々なパフォーマンスが繰り広げられます。残念だったのは、言葉が分かればもっとおもしろかっただろうという事です。笑いに乗り遅れてました。。

個人的な感想としては、ものすごくおもしろかったです。武舞のレベルの高さ(身体能力の高さ)とドラムのカッコよさ、韓国舞踊の神秘さと、出演者の演技力の高さ、すごく印象に残っています。この武舞は是非ともオーストラリアに持ってきたいと思いました。

リーダーである、武舞歴20年、韓国各地でパフォーマンスをされている、ものすごい筋肉のフンジンさんに公演後話しを聞かせてもらいました。「大韓民国、民族全員に見てもらうまで辞めない。」ものすごい熱いです。1年間毎日公演をされてて、1日も休まないと言われていました。本当にすごいです。今は、他にも大学で新しく「アートとしてのマーシャルアーツ」という学科を大学教授と一緒に開発されてるらしいです。

長くなってしまいましたが、以上の事から、なぜ韓国でダンスがそこまで認められているか、他の国とどう違うのか、という所が見えてくるような気がします。

どの国のやり方が一番良いのかというのは、各国の歴史を見、人柄を見て、それ相応のやり方で進めないといけません。オーストラリアでも特長を活かした社会形成が出来ていけば、と願います。

写真1:沢山の韓国アーティストのCDが入ったバックを頂きました。えー、これを聞いて勉強します。。


写真2~4:The Parkのビーボーイ用ダンススタジオ。フロアーの下にはマットが敷き詰められています。これはいい。
  

写真5~7:公演のポスター、会場入り口。公演の様子。
  

写真8~10:引き続き公演の様子。プロダクション社長の挨拶。フンジン氏、マサキ君、ルーシーと一緒に。

2.26.2008

所変わって、韓国日記 パート1

はい!そうなんです。21日まで台湾に滞在した後、福岡の実家で1泊し、22日から今度は韓国はソウルに行ってきました。

アニョハセヨー!!ですわ。

(前回、「台湾日記パート1」なんて書いてしまったので、台湾については、また追って書きたいと思います。。)

今朝、福岡に帰ってきたのですが、韓国滞在中はインターネット環境が無く、今日までブログを更新できずに事後報告という形になってしまいました。申し訳ない。

それにしても、今回は、初の韓国旅行でしたが、収穫有り有りです。
色々、助けてくれたルーシー&お姉、ありがとう。

     

まず最初に、簡単にソウルという街について書きたいと思います。
1.なんと言っても、人が多い!
ソウル市の人口は1000万人超。東京都と比べると、人口は少し少ないものの、人口密度ではソウルの方が高いみたいです(ウィキペディア参照)。どおりで密集してるように見えるはずです。あちこちに人が溢れてます。韓国の人口が4800万人超なので約4分の1~5分の1の人口がソウルに集まっていることになりますね。東京と同じようにマーケットも盛んにあり現在の韓国経済がここまで伸びたのと比例して人口も伸びたのでしょう。韓国経済の状態は、今はよくないようですが、簡単に倒れることはないと言われるほど強いものになっているようですし新しい大統領に期待が寄せられています。

2.車の運転がものすごい荒い!
台湾に引き続きですが、こっちは更にあぶない気がします。半分の確率で赤信号は止まりません。ちょっと減速程度です(汗)。夜の市街地をタクシーで走ると100キロ近くで走ってくれます。常にレースですね。

3.物価が安い!
今現在はウォン高が続いているようで、現地人(日本からの滞在者)にするとだいぶ値段が上がったようですが、それでもシドニーや日本で生活をしていたので韓国の物価は安く感じますね。両替してもお札が山盛りです。なのに食事や買い物、お酒の値段も安いです。幸せですねー。

4.食べ物がおいしい!
シドニーでも散々、韓国料理を食べてたので慣れていますが、こっちで食べるのは格段とおいしいです。やはり本場ですね。キムチもうまいです。初日からランチに焼肉、ディナーにホルモン焼き、次の日は鶏の煮込み、チゲ、おでん、トッポギ、鶏鍋、鍋、鍋、鍋。。サイドディッシュの量も半端ありません。例えばお肉を2人前オーダーするだけで、あとはキムチ数種類、サラダ、ナムル、卵スープ、グラタンなどものすごい付け足しが出てきます。こんなにもらっちゃっていいのかなって遠慮してしまうぐらいの量です。もちろん、ほとんどの料理にはニンニクが効いてます。まず店が臭いです。。それでも全員食べてるので気にならなくなりますが。ソウルでは肉や野菜が中心ですが、プサンではシーフードが有名らしいです。次回行ってみたいですねぇ。

5.トイレに紙を流せない!
ソウルでは下水道管が細いらしく、トイレでは紙を一緒に流せません。ご注意を。

6.マッサージ最高!
こりゃ、よかです。

     

ヒップホップについても書きたいと思います。
韓国のテレビを見てると、至る所にビーボーイやダンサーが出てきます。シンガーやラッパーには、必ずと言っていいほど専属のダンサーがいます。ビーボーイたちの公演やショーが街の中の大小の会場で開催されています。ニュース番組の始まりには、ダンサーの映像がオープニングに流れ番組が始まります。ほかの国に比べると、なぜこんなにダンスが社会の中に組み込まれているのか、認められているのか、ビジネスとして活動できているのか、と羨ましく思えるかもしれません。日本とは違った方向で、韓国も進んでいる国だな、と。

今回の旅行では、この部分について、少し答えがみえたように思えます。

今まで、シドニーでストリートダンスという文化を創ろうと活動を続けてきました。日本という国を見て、どうやってダンス社会が出来てきたのか、ヒップホップ文化とどう融合しているのか、これから将来どうなっていくのか、歴史を見て、環境を勉強し、未来を予測する、そういう視点から、どうオーストラリアでそれを活かすことが出来るのかを考えて実行してきました。アメリカやフランスなどのヒップホップ大国を見ても大き過ぎる感があり、アジアの国から学ぼうと。

去年、2007年の12月に日本に戻るまでは、オーストラリアのシーンを10年間見てきて、ある程度まで成長していることが見えます。まだまだ発展途上であり、世界で認められるダンス大国、ヒップホップ大国までにはなっていません。やれることは山ほどあります。アジアのヒップホップ文化という先進国のアドバンテージを活かしオーストラリアの文化を引き上げることが出来ればと考えています。単一ではなく、幾つもの要素が必要です。音楽分野、エンターテイメント分野、メディア分野、ファッション分野、、必要な要素を上げれば切りがありませんが、これらが全部繋がって始めて文化として生き残っていけるものになります。各分野を細かく勉強し、それがどう構成されているのかを実現し、繋がりをもって活動していくことが大事です。

さて、話しが少し反れましたが、今回の旅行では、名古屋からスタジオフィネスを主宰する高木先生と合流し、沢山の人たちに会うことが出来ました。
BOAや東方神起などが所属する韓国最大手のプロダクション、SMエンターテイメントのアーティストスカウト部門のジョンアさん、マーシャルアーツの達人、20年パフォーマンスを続けているプロの格闘家フンジンさん、公演にも招待して頂きました。自身でレーベルを立ち上げアーティスト育成にも力を入れ個人でもプロデューサーとして活躍するDJ Schedule 1、15年の経験を持ち韓国各地、中国でも活躍しているイベント会社を経営しているウーインギさんとキムさん。皆さんとの話しは貴重であり、韓国で活動していることについてすごく勉強になりました。

次回の日記で、この「韓国のダンス、ヒップホップ文化」については詳しく触れたいと思います。(長くなり過ぎるので・・)

それと、恥ずかしながら、今回の旅行中、23日で31歳の誕生日を迎えることが出来ました。まさかソウルで迎えるとは思ってもみませんでしたが。。昔、シドニーでサクラというチームで活動し今は韓国で音楽レーベルに所属するダンサーとして活動しているルーシーの誕生日が24日だったため、便乗して、クラブでパーティに参加させてもらいました。ちょうど、昔からのシドニーのダンスのメンバー、ルーシーの彼氏である、マサキ君も韓国を訪問中。沢山のルーシーの仲間たちに囲まれ、一緒に、VIPルームで酒浸り、フロアでも踊り狂ってました。「Catch」というクラブですが、音もよく、照明、ステージもしっかりしていて最高ですね。旅行中は、久し振りにマサキ君とはゆっくり話しも出来、シドニーから離れた街でお互い改めてゆっくりと色んな事を考えれる時間が取れたと思います。

マサキ君、ルーシー、お疲れ様。

つづく。

2.19.2008

台湾日記 パート1

さて、昨日の日記でも触れましたが、14日から台湾に滞在しています。

去年の12月にも寄ったので、今回で2回目です。まだまだ台湾素人ですが、前回に訪問しているので、今回は少し余裕を持って街を観察できているような気がします。。たったの、1週間の滞在なので、そんなに多くは行けません。焦らず、行ける範囲で行動し色んなものに触れたいというのが今回の気持ちです。

皆さんの台湾イメージというのがどういったものなのか、分かりませんが、、まず最初に、個人的な台湾(特に台北)についての考察を書きたいと思います。個人的な意見であり、これによって変な偏見は持たないで下さい。あしからず。

街や人について。
1.車の運転が粗い!ものすごい勢いなのに、なぜかバランスが保たれています。スクーターの数も半端ない。タクシーやバスに乗るたびに「危ないっ!危ないっ!」って言ってしまいます。もちろん道路を渡るときも油断できません。
2.人々に活気がある!若者~大人まですごい元気です。声の大きさからかもしれませんが(笑)ワイワイワイワイワイワイ・・・・とにかく元気です。
3.すぐ「Ok! Ok!」と言う。ノリがいいように聞こえます。その真偽は分かりませんが・・。
4.人々の繋がりをすごく大切にしている。友達、家族や親族などの結束が強い。
5.食文化が活きている。食べ物も日本人に合うものも多く、なんでもうまい。個人的にはほとんど合います。
6.若者まで、生活向上、経済向上についての意識が高い。
7.娯楽が豊富にある。主な遊び場としては、KTV(カラオケ)、バー、クラブ、夜市、などなど、、24時間営業も多数。夜市の影響なのか、夜に遊び慣れてるような気がする。いつ寝てんの?って聞きたくなるくらい夜市には人が溢れています。
8.若者はみんなお洒落。感覚的に、香港やアメリカよりも日本に近い感覚を持っているような気がする。
9.急激な近代化の波に飲まれているが、新旧がうまく混在している。勉強不足ではあるが、予想するにここ20年での近代化によって一気に現在の街並みが作られているように見える。高層ビルやアパートがどんどん古い建物の間を縫うように建てられている。見た目はすぐに古くなっており、築10年でも見た目はだいぶ古い。これは台北の気候や空気(汚染)、潮風によるものなのか・・。
10.見栄っ張り。

ダンスについて。
台湾のストリートダンスシーンは、日本に近いものになっている。オーストラリアよりも充実している。アメリカ、日本、韓国、ヨーロッパなどから精力的にダンサーを誘致し、台湾のレベルを上げている。近年、他国で活躍するダンサーも増えてきていることから、もう2-3年もすれば世界で台湾人のダンサーも多数出てくるだろう。スタジオの作りも充実しているし、システムも充実している。人口の増加に伴いシーンも更に拡大するだろう。

ま、ダラダラと書いてみましたが、実際に来て見聞を広めてみないことには何も分かりません。感覚的な所で書いていますので、皆さんの意見と合うかどうかはさておき、早速、今回の滞在を振り返ってみます。

14日昼過ぎ、台湾に到着後は、少し南、台湾島の約中心に位置する台中という場所に向かいました。
ここは、シドニーのダンス仲間、今では南太平洋諸島チャンピオンのタイトルを持つ、Nu Skool Club のメンバーの一人、マイケル君の家があります。

  

台北と比べて、道が広く、店も広く、街もリラックスした感じだという台中という街ですが、「ザ・台湾」といった雰囲気はこっちの方があるかもしれません。
マイケル曰く、「かわいい子、キャバクラ(台湾風)、ギャンブル、この3つは台中の方が優れている・・・」なんともマフィアな街です。
確かに、街を歩いてて台中にいた方がかわいい子を目にするかも。。。

日本でいう、キャバクラやクラブと言った、女の子が同席してお酒を飲む場所、というのが、台中では、KTVという所に多いようです。KTVとは台湾ではカラオケの事。街を走ってて、すごーーく豪華なKTVを見かけたら、まずそういう所だと思って間違いないでしょう。中には、「床屋」と「KTV」が合体している所もあります。なぜ?って思いますが、入口に床屋独特のクルクル回る電気、一階が床屋、二階から上がKTV、、といった具合です。しまいには、「海老釣り屋さん」も合体しています。一階に床屋、二階に上がると海老の釣り堀、三階がKTV、四階からエロいサービス、、、なぜそこからエロくなるのか、、なんでも合体できるようです。笑

       

ま、とにかく興味深い街です。お店なんかはとにかく大きく、台湾一の大きさというお店が沢山あります。クラブやダンススタジオもあるみたいで、ダンスも盛り上がっているみたいですよ。

たまたま今は、ニューイヤーフェスティバルの次期でもあり、「ランタンフェスティバル」も台中で開催されていました。花火もちょろちょろ上がっており盛り上がっていましたね。

さて、16日からは、興味深い台中の街を離れ、新幹線に乗って台北に来ました。最近出来たばかりだという新幹線は乗り心地も良く、たったの45分で台中から台北まで移動できます。値段もお手頃です。

 

16日のこの日は、今回の旅行のメインイベントの一つであった、オールドスクールのイベントの日です。
会場は、台北市内の、「Luxy」というメジャーなナイトクラブ。オールエイジのダンスイベントということで昼2時からの開始でした。
会場内には、約200人ほどのビーボーイや、台湾を代表するポッパー、ロッカーたちが駆けつけていました。
特筆しときたい点は、ビーボーイバトルに出て今回優勝した、HRC。もちろん初めて見たのですが、見た瞬間から、こいつらが1番だなと思っていました。やはり優勝してました。ノリやキレがよく、ステップなど一つ一つしっかりした動きで他のクルーより一つレベルが高かったです。びっくりしたのは、ビーボーイのジャッジにアメリカから、Kid David、Roxriteなどオーストラリアで見たメンツが来ていた事。台湾のビーボーイシーンはまだそこまでのレベルではありませんが、勢いがあり、これからもどんどん伸びますね。

ロッキンバトルは、審査員にCampbellock Jr が来ており、真剣なバトルが展開されていました。レベルはまだ低いものの女の子のロッカーが活躍していましたね。最後の審査シーンで肝心の大審査員先生の女の子好きっぷりにはちょっとガッカリさせられましたが、楽しめたバトルでした。

今回のメインは、ポッピンバトルでしたね。なんと、ゲストバトラーとして、フランスからIron Mike が参加。決勝では、台湾が誇るポッパー、Krazie Bone と対決!延長2回、という結果ですが、バトルの内容は全て最高!めちゃくちゃうまいです。Youtube にすでに上がってるので、そこから検索して見てください。
イベント: 2008 Servival Session (オレのビデオは重過ぎてYoutubeに上げられません・・・泣)
イベントの間にたまたま外に出たら、シドニーのビーボーイTerryとたまたま旅行に来ていたMikeeのいとこに会いました。笑

       

その後、夜は、「Pa Soul」というクラブに移動。なんと、入場料を払えば、中では飲み放題!すばらしいシステムですね(笑)
2階分のフロアー約1000人ぐらい入ってました。ダンサーではない、一般人の人も踊りっぱなし、オレらも皆飲みっぱなし、万々歳でした。

つづく。

2.18.2008

ご心配をお掛けしました。。

えー、生まれて初めてインフルエンザというものに掛かってみたツヨシです。

長らくお休みしてしまい、ご心配をお掛けしました。
皆さんのご想像通り、まったくゆっくりなんかしていません。公私ともども、高熱でも動きまわっております。笑

前回の日記から10日間ほどの日数が過ぎていますね。。
あれから何をしてたのか、簡単に振り返ってみますと、

2月8日(金) 中京テレビ制作、日テレ系全国深夜のダンス番組「スーパーチャンプル」のP黒宮さん、同制作局次長さんとミーティングしオーストラリアに来てくれと懇願、その後、愛知県から全国へと活動の場を広げているMC You-Geeさんとご対面、自身が運営されているダンススタジオ「Studio U」(半田市)に見学に行き、ついでにポッピンのレッスンに参加。そのまま、ソニーミュージックの後閑さんも交えて様々なエンターテイメント談義、深夜の味噌煮込みうどんを挟み、名古屋に移動、毎週金曜夜「Lush」というクラブでYou-Geeさんがオーガナイズされてるイベントに遊びに、、朝まで飲み倒す。。



2月9日(土) 名古屋では積雪。昼、東京から「Blow」の若菜が名古屋入り。名古屋駅まで迎えに行き、ひつまぶしを平らげる。その後、カフェで5時間ぐらい話す。夜は高木先生と合流し、オカマバー「ガラシャ」にショーの見学に。。オカマ見学、いやショー見学の後は、韓国料理を食べに行き深夜まで3人で話しをして終わる。韓国焼酎を飲む。



2月10日(日) 午後からワークショップ2本をこなす。夜は「D-Freak Films」のヨシ氏と名古屋最後の晩餐へ。。「ID」というクラブにも行き、朝まで飲み倒す。。



2月11日(月) 午後からどうも寒気を催す。。(どうやらここからやられてるようです。)夜は、高木先生と、日本で一番長い18年続くダンスコンテスト「Dance Dynamite」を運営されている倉田氏と3人で食事。すごく貴重な会話にも関わらず、熱が出始め頭が機能せず。。朦朧としたなか帰宅。。

2月12日(火) 午後までベッドから出れない。夕方の新幹線に乗り、福岡の実家へ戻る。5時間の道のりの間ほぼ仮死状態。この時熱39度7分。

2月13日(水) 午前中から病院へ。インフルエンザとの診断。ベッドで2時間点滴を打ってもらう。点滴の間、薬剤師の人が耳元で抗インフルエンザ薬のタミフルについて説明している。飛びやすく不可解な行動を取り易いとの説明されるが朦朧としているため理解不能。軽くムカつく。病院の後は、そのまま出国の準備のため買い物をし、帰宅。熱38度。

2月14日(木) 熱下がらぬまま、昼のフライトで台湾へ向け出国。。。

という事で、今は台湾に滞在中です。

おかげ様で、今現在(18日)は、熱も下がり、タミフルの悪影響も出ず、やっと本調子に戻りました。

こうやって振り返ってみると、どうやら飲み過ぎて夜中に遊び過ぎ、インフルエンザに掛かったように見えますが(笑)、そういう事ではないと思います。寒いんでね。 

折角、年末から1カ月の禁酒生活を経験したのに、インフルエンザに掛かってまた1週間ほど禁酒してました。また2日前より飲み始めましたが控え目です。皆さん、お酒はほどほどに。

追って、台湾日記を上げます。